ひきこもり経験者の日記連載『すぐそこにあること』

ひきこもり経験者のブログ「すぐそこにあること」

制度や、社会構造で簡単に個人の幸福が変わる?

いつからか、私は外出が苦手になった。

 

そして、唯一の本業「講演」の打診を3回も断った。

 

仕方がないから、地元で、講演会を月に2回ほど開催した。

 

来て下さる方は常連さんばかり、

 

非常にありがたい。

 

しかし、同じ会場で、同じ話をするわけにもいかない。

 

参加者の大部分を占める親御さんにとって、持って帰れるいい話ができる時もあれば

 

「ごめんなさい」私には、不登校・ひきこもりを解決できません。と謝る場面もあった。

 

そして収益は、なし。完全なボランティ活動だ。

 

こんなことを継続してどうなるのかと思った。

 

しかし、僕には、「講演」しか取り柄がなかった。

 

この業界の先輩方は、全国を回り、派手に講演をしてる。

 

ただ、外出が出来ないだけで、その役割はいただけなかった。

 

悔しい思いは募るばかりだった。

 

新型コロナウイルスによって、多数派と呼ばれる人達が外出に困ったタイミングでオンライン化が進んだ。

 

ようやく、私が社会参加できるチャンスが来た。

 

これまで、出来なかった、講演が出来るチャンスがきた。

 

初めてゲストスピーカーで招かれたのが、風見穏香さんのYouTube番組

 

計三回登壇させていただいた。本当に嬉しかった。

 

そして、憧れの後藤誠子さん(笑いのタネプロジェクト代表)と共演を二度も果たした。

 

さらに、不登校・ひきこもり界隈で一番有名な新聞である不登校新聞の子ども若者編集部にもオンラインで参加できた。

 

NHKハートネットTVにも自宅から出演させてもらった。

 

全て、「オンライン」の恩恵だ。

 

視力が悪い人にはメガネがあるように、外出が難しい人にはオンラインがあるべきであって、優遇ではない。

 

私が、昨年から、講演やメディアに取り上げて頂いたのは、私の努力ではなく、社会が変化したからだ。

 

講演やイベントの参加、登壇が会場からオンラインへ

 

たったそれだけのことで、私のパフォーマンスがだせた。本当に幸せだ

 

不登校やひきこもり状態で悩む方はまだまだ多い。

 

社会問題と言われて何十年もたつ。

 

たまたま、社会に適応できた私はラッキーだ。

 

そして、二週間後、さらに嬉しい発表ができる。

 

もし、オンライン化が進まなかったら全てない話だ。

 

制度や、社会構造で簡単に個人の幸福が変わる。

 

もちろん、私が地道に地元で講演を継続した成果でもある。

 

しかし、個人の努力と社会変革が同時になされないと「成果」は出なかった。

 

不登校・ひきこもり当事者として、社会がよりよい方向に少しでも変わるよう尽力したい。


下記  不登校、ひきこもり回復と理解講演会です!

ご参加よろしくお願いいたします。


https://hikikomorihassinnpuro.peatix.com/


 

 

 

 

 

 

 

読んで欲しいムック

多様な視点があり、とても幸せな気持ちになりました。

特に、巻頭に書いてくださった方の文章に共感しました。

私自身も理解してくれた多くの「耳」に、よって回復しました。

そして、言語優位の世界で、言語化できないしんどさがあるというのも、「発見」でした。

もちろん、これで、ひきこもりの全てがわかるはずもなく、ひきこもりという言葉がなくなる、忘れる、メガネのような人の一部になる事を願ってます。

 

www.amazon.co.jp

6000人とコンタクトを取った人

世の中には、友人を作るために、全く知らない6000人とコンタクトを取らないといけない人もいる。
「私自身の生きづらさ」と、別の「生きづらさ」
世の中には本当にいろんな人がいる。
全く知らない世界。それに対し私はなにが、できるのだろう。
引用
私には番田雄太という寝たきりの親友がいた。
人生で最も影響を受けた3人を挙げろと言われれば彼は入るだろうし、最も影響を与えた3人を挙げろと言われれば彼が入るだろう。
4歳の時に交通事故による頸髄損傷となり、首から下を動かす事ができず学校にもほとんど通う事ができなかった
それまで6000人にメールを送り続けていた事を後で聞く事になった
 

幸せな地域

私にとっての『逗子30’sプロジェクト』というコミュニティーは、私の人生に「インパクト」を与え、そして、生きる活力になった。
かつては、逗子のイベントに出れば集団の中の孤独を嫌というほど味わった。
しかし、『逗子30’sプロジェクト』によって、私がこの街を好きになれた。
現在の「講演活動」や「ごみ拾い」をやろうと思ったのも、『逗子30’sプロジェクト』で出会った人達から受けた影響。
そして、社会的マイノリティの一人ではなく、1人の人として、自分が存在してもいいと思えたのも、このコミュニティがきっかけ。
本当にありがたい。
現在継続している、地元のゴミ拾いも継続し、いつか、みんなでやれたらと思いが私の「小さな夢」
最近、町でみんなと会えなくて寂しいと思ってたら、意外なとこで出会った人がいてとても嬉しかった。
このように、街を歩けば、「逗子30’s」の活動を通して知り合った仲間に出会う事が何よりも幸せ。
😁
 

悩む事の意味

今まで私は、悩みって、意味がなくて、めんどくさくて、出来れば無くしたいと思ってた。
でも、悩みがあったおかげで繋がれた人もいたし、自己成長のきっかけになったかもしれない。
悩み抜いたから、現在の活動も出来てるかもしれない。
「悩み」って、悪いことばかりではない、最近ようやく分かった。
これからも、立ち止まったり考えたり、悩んだりしながら、自己実現して行きたいな。

高校生が書いた最高の文章

素晴らしいとしか言いようがない。
以下、引用
神様が、子どもたちの生まれる場所を決めるくじがあったとする。
えいやっ!その手がもし右に2ミリずれていたら、私は君みたいに生きているだけで邪魔者扱いされるストリートチルドレンだったかもしれない。
反対に、左に1ミリズレていたら、テレビに出てくる我儘なビバリーヒルズの金持ち娘だったかもしれない。
私はなぜ、ここでこうして生きられているのだろう。
そう思ったとき、この社会の不条理に挑もうと思った。
挑まなければならないと思った。
恵まれない人たちのために、人生を捧げようと思った。