ひきこもり経験者の日記連載『すぐそこにあること』

ひきこもり経験者のブログ「すぐそこにあること」

連載No12「人の力を感じた1年」2014年12月1日

今年は33歳「人生初」ってのが多い1年だった。
 

 こうして毎月文章を書いたり、2月に普段なら寝てる時間に起きてフラフラで主催の講演会に行ってなんとかまとめの言葉を述べ、4月から応援団の役員を任され、編集長なんて肩書きで不慣れな編集に格闘、そうして名刺を作り多くの人との名刺交換をし、交流を深め、連載でも書いたけど好きな女の子に義理チョコをもらい喜び、ネットで知り合った友人に会い同世代の人との関わりを感じ、フェイスブックを始めてヨコスカ創造空間に行き、そこで出会った人の縁で逗子のイベント30'sで逗子では珍しい多くの若者と交流を、書ききれないほど初めての経験だらけだった。


 そこで思ったこと感じたことは、「人の力」って物凄いエネルギーになるってこと。


 最近ずいぶん評判の悪い「ひきこもり!」「病気!」って言う言葉。今でも抱えていますが(苦笑)そういう事って理解されにくいって言うけど僕の経験、もしくは僕が最近会った人々は全く僕のそのような事情に対して差別的な感じはなかったし、むしろ心配してくれたり配慮してもらい本当に感謝している。

 特に印象に残った出会いは通信10月号に書いた彼だった。


 いわゆる福祉関係の人じゃなくて初めて僕の事を理解しよく相談に乗ってもらった。その彼だが話してみたら「小学校や中学校の時にいじめられてたんだよ」って打ち明けてくれた。話し方や雰囲気からは信じられないが、彼にもそのような事情があった。いつも洞察力があり的確にアドバイスをくれ良く話を聞いてくれるから、「俺はさ~、いじめられてたじゃん。そのせいで相手の顔色をうかがう癖が抜けなくて、だからよく相手の話しや動作を見るんだよ」って言ってた。いじめられていいことなんか何もないと思うけど彼の言葉に「過去の事実は変えられないけど価値は変えられる」そんな貴重な話を聞いたことも、たわいのない話も数多くした。また、あまりにも精神的に安定して余裕があるように見えるものだから、ごくたまに弱音や愚痴を聞くと「え!そんなこともあるの」って聞いたら「人間だから当たり前だろ!」って配信サイトでよく言われた。


そんな彼や他の明るく元気そうに見える人でも僕と同じように疲れたり悩んだりするんだって気づいて安心したりした。これも「人の力」

驚いたのは人に会うとその人達を通して自分が見える、自分がいかにコミュニュケーション能力が無いとか、普段人付き合いがずいぶん少い。自分で書くのもなんだか気が引けるけど、頭の回転は悪くないかな?人前で話すのは苦にならないかな?こうして文章を書くのは好きなのかな?などなど。


そうして比較的客観的に自分が見えると課題や長所が浮かびあがり、その課題に向き合い、また長所を伸ばすことが出来る。それも「人の力」。


決定的だったのは僕が精神的に依存体質ってのがわかったこと。だから今でも比較的年齢が高い人、もしくは精神年齢が高い人しか交流出来ない。そんな依存体質だから恋愛&就労も上手くいかないのかって初めて思った。それなら普段から自立して生きていけるようにまず親への依存から少しでも自立するために、この年齢で情けないと思うが、出来る範囲で家事を手伝うようになった。家族といえ本来ならば一つ屋根の下に住む人として役割分担が理想だと僕は思った。今まで何もしなかった僕にとって急に役割分担は荷が重いので家事を手伝うことから少しずつ取り組んでいる。


このように「人の力」をたくさんもらい、そのエネルギーと経験で、イベント・講演会で話してみたいと思うし、こども若者応援団にとどまらずヨコスカ創造空間とか逗子30'sとか色々と違うコミュニティーでも知り合い・友達が増えたからそこでもなにか出来ないか。そんな感じで僕に出来ることなら何でもやってみたいと考えている。

このように僕にとって「人の力」は予想以上の力でした。しかし力であるとともに人の関わりが不慣れな僕は気疲れや相手は何とも思ってない心配をして疲弊する。もちろん相手は僕の思うようには動いてくれないこともある。だからもうこの人との縁は切ろう。そんなネガティブな感情も良くも悪くも「人の力」。いい部分だけではない人間関係だからこそ面白くもあり、また、誰もが悩む人間関係。「もっと対人関係に慣れ肩の力を抜き自然体で付き合う。」こんなふうになれればいいなと思ってる。