ひきこもり経験者の日記連載『すぐそこにあること』

ひきこもり経験者のブログ「すぐそこにあること」

連載No13「なぜ僕が不登校に?」 2015年1月1日

僕の不登校の原因について書いてみたい。


一言でいえば中一ギャップっていうのかな。小学校の校風と中学の校風の違いでずいぶん苦労した。僕が小学校のとき、高学年の人は低学年の人に対し優しく接しましょう、そんな感じの穏やかな校風だったけど、中学生になったとたんに、物凄い厳しい上下関係。部活はもちろん学校生活でも1年早く生まれたってだけで偉そうに僕ら中学1年生に対し命令し威圧してくる。中学校に入学した時にはこの上下関係の校風に本当に驚いた。なんで早く生まれただけで偉いの?って。学校生活に慣れ、また、上下関係にストレスをためた同級生は早生まれの僕に対し4月や5月に生まれた人々が先輩のような態度をとった時には僕はこの学校ではやっていけないと思った。
 

 それに、僕の学校がかなり荒れていたのもあって、朝会の時は必ず3年生のいる2階からロケット花火が飛んでくる始末だし、お決まりのように毎日非常ベルが必ず1回は鳴る。だいたい学校の教師が3年生や2年生の大柄で見た目から怖い感じの人にはっきりと叱れない、この学校の秩序は本当にめちゃくちゃだった。


僕の勝手な思いこみだろうが、比較的2番目や3番目に生まれた人は兄や姉のこのような対人関係に苦労する姿を見たり、その友人と遊んだりしたので慣れるのも早かったのかもしれない。長男だから全部初。だから戸惑う、戸惑う。それに僕は人間関係が元から弱いし、慣れるのが遅い。小学校の時も1年生だったころより、持ち上がりで同じ同級生がいる2年生の時が楽しかったし、3年より4年、5年より6年のほうが良かった。対人関係を築くのに長く時間がかかる性格だった。だから中学校の校風に慣れるのに時間がかかるし、やっと慣れた中1の最後になってクラス替え、また1から人間関係をつくりなおす。それも苦痛で仕方なかった。
 

 勉強の方も小学校では(おおよそ25年くらい前だけど)「あゆみ」っていう通知表があって、A,B、Cの三段階の評価になってた。もちろん僕も親も通知表だから気にするし、すこしでもいい評価をと思っていた。今でも鮮明に覚えてることがあって、朝会で校長先生が勉強のみで「あゆみ」は評価しない。学校生活での行いも含めて評価をする。と言ってた。

 もちろん多少は学校生活での行いも評価基準に入っていたのだろうが、9割くらいはテスト=勉強で決まっていたんじゃないかと思う。担任の先生が出張で教室にいないときにテストを適当に(もちろん回答を見せ合ったりなんかしながら)やっていてそれが評価になったのかと未だに不思議に思う。そんな緩かったテストが中学校になると、空気が張り詰め皆、緊張した面持ちで真剣に挑むものだから、あれなんでたかだか学校内での試験で皆頑張るのって思ってたら、通知表の評価は全て試験。その通知表が内申になり高校受験にかなり大きなウエイトを占めるって後々聞いて、当時そんなことは全然知らなかった。だから当然、試験勉強はしないから点数は平均点を大幅に下回り、5段階評価になった通知表はいつもアヒルが揃っていた。
 

 そんな勉強が出来なく人の顔色をうかがう気の弱い性格もあり、僕はいじめられていた。


 思い出したくもない過去だけど、具体的には音楽の授業の際に僕らは音楽室に行くため教室を移動する。そのとき面白半分に僕が持っている教科書とリコーダーをサッカーボールのようにして蹴ってそれを僕が懸命に追う、それが音楽室まで続くから、いつも音楽の教科書とリコーダーが入ってるバックはほこりまみれだった。また何かしらのタイミングで殴られたり、耳元で大声で叫ばれ当分耳がおかしくなり、僕が机にちょっとカッコイイかなと思ってカッターでマークを入れていた時も、それを見た同級生が僕の机をどんどん削って結局机はボロボロになった。さすがにそれに気づいた担任の先生に正直に「机は僕ではなく同級生に削られた」と言った時「新舛も一緒になってふざけてるのが悪い!」と言われ完全に人間不信に陥った。さらに小学校の親友だった友人もいじめに加わってきたときにはもうこの学校に僕の居場所は無いなと思った。
 

 今振り返って思うことは、学校ではいじめられるのが恥ずかしいと感じる不思議な感覚。しかし一般社会では被害者と呼ばれ保護される。また、いじめられた方、すなわち被害者が勉強やコミュニケーションを学ぶ機会を奪われる。そのせいで不登校から結局ずるずると引きこもり生活へ、結果、未だに常識もないし、人とのかかわりが下手だと僕は思ってる。   


一方で僕をいじめた加害者はその権利を得られるという本当に理不尽なことが約20年たった今でも未だに残ってる。だから、この経験を活かしここで文章を書いたりこども若者応援団でなにか役にたてればあの苦しい経験が意味の持つ経験になるのかなと思ってる。