ひきこもり経験者の日記連載『すぐそこにあること』

ひきこもり経験者のブログ「すぐそこにあること」

連載No14「大学受験までの道のり」 2015年2月1日

先月も書いたように僕は中2から不登校になった。その後は近所に学校があるので隠れるようにして家で退屈をしのいでいた。まず、昼間は近所の目があるから家から出られない。それで学校が終わるころには、同級生が家の周りをうろうろするから、また、家から出られない。そうなるとどの時間帯にも家から出られなくなる。これは不登校を経験した人なら共感してくれるかもしれない。
 

 結局学校に行かず時間を1年2年と過ごし徐々に昼夜逆転。まさにひきこもり生活のはじまりだった。もちろん親はパニックであちこちの相談機関に問い合わせ息子をどうにかして学校に行かそう。また高校受験はどうするのと頭を悩ませていたらしいが、小学校6年生の時に一度学校に行かない時期があったせいか僕に学校に行けとは言わなかった。
 
 そんな退屈な時間を過ごしていたことと、小学校のときから好きだった算数をちょっとやってみようなんて妙な好奇心があり通信教育の数学を結局高校にも行かず毎日30分と決めてやっていた。この通信教育は成績上位の人はテキストの後ろに名前が掲載されそれを励みに二週間に一度テスト形式のものを送りに上位に入っていたことを喜んでいた。この通信教育を取り組むまで親のいうままに多くの習い事に通っていたが、初めて主体的に取り組み結果が出たことが本当に嬉しかった。
 

 同じく趣味で車が好きだった僕は自動車雑誌にあった政治談議があり、そこで政治や経済に興味をもったはいいが、全然わからない。毎日、新聞を開くけどさっぱり。珍しいと思うけど新聞を理解する目的で家庭教師を親に雇ってもらい、中学の公民のテキストを買って1ページずつゆっくりと解説してもらった。それと並行して新聞や報道番組を見ると徐々に理解ができ、政治ってなかなか面白いし、政治を知るということが大切な事だと感じていた。その家庭教師の先生は慶應の学生でマスコミ志望だった。安易に僕も感化され同じ道をと思い、塾に通いその後大学受験をとな~んて行くはずもなかった。中卒だった僕はまず、通信制定時制高校を探したのだが、高校の勉強についていけるか物凄く不安だった。それに一度電車に乗った際過呼吸になりそれ以来電車恐怖症になった。もちろん昼夜逆転の生活が続いたから午前中は起きれない。また、だらだらとした生活から疲れやすくなってしまい、スクーリングが丸1日と聞いただけで絶対無理だ!といろんな不安が頭を駆け巡った。だから、学校の願書を取りに高校に直接行くのだが、あー午前中に授業が入ってる。え?英語、理科?高校のでしょと思い心配ばかりしていた。それで結局僕に合う高校は見つからず、することもないので、生活にリズムを取り戻すために大好きな車の免許の取得にと教習所に通った。半年も通うとだんだん生活にリズムを取り戻し半年後めでたく免許取得に至った。その後、再び高校を探し、午前中にスクーリングがあるけど、90分1コマからスクーリング可能と、さらに9月入学できるのでわりかしあっさりその高校に通うことにした。
 

 いざ、高校に入り学習はと不安に思っていたが、内容はもちろん高校の授業なんだけど、僕みたいな学力に不安を抱えた生徒が多かったため、授業にはついていけた。僕はもともと学力不相応の慶應志望なので、高校は単位を修得するだけと割り切り、荒れておりひどかった高校の授業にならない授業、は忘れ、偶然にも真横にあった大手予備校の授業を羨ましくぼけっと見ていた。不登校だったため勉強を強いられることもなかったので結構勉強は好きでやっていた。そのせいか予備校生って羨ましいなと勝手に思い、そこまでなんとか塾通いと独学で頑張ろうと思っていた。
 


 僕の場合、今でもそうなんだけど結構考え込み行動に移すことが遅い。だけど行動するまで準備をずいぶんしているので行動したら、意外にあっけないことが多い。予備校もそうで有名大学に受験しそこに再び挑戦する生徒ばかりだから、これは勉強が大変だな~と思ったら、意外にそうでもなかった、私立文系志望だったので、社会選択で政経、国語は現代文、古文、で英語。国語と社会はなんとかなったが、英語はずいぶん苦労した。中学のころから苦手でそのまま何もせず、教習所に通いながら塾で英語をABCからやってはいたものの、英単語の量が圧倒的に足りないし、大学受験の長文を読みこんでない。だから本当に大変だった。だけど日々の学習成果もあり中学3年の程度の英語なら読めるようになったが、そこからの上積みがまた苦労した。結局英語が出来ず受験には失敗した。そのせいで英語には憎しみのようなものがある。あれほどやったのにというような。 また、予備校に通い「偏差値」という指標にどっぷりつかってしまい、それがあたかも人間の評価のような“錯覚”に陥り今でもその考えは抜けない。 


受験のシーズンにこんな妙ないきさつの大学受験の道のようなことを書いた。もしかしてこれを読んでくださっている方が受験もしくは親戚や近所に受験生がいるかもしれない。僕にはその時受験で人生が決まるという焦りがあったし、もしあの時の僕に受験くらいで人生が決まらないと言っても聞く耳は持てないと思う。だから特別なことは言えないけど、今34歳になって思うのは受験勉強に励み一生懸命取り組んだこと、それこそが多少の財産かなと今は思う